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「●文春新書」の インデックッスへ
働く「女子」が「活躍」できない現況は、雇用システム(日本型雇用の歴史)に原因がある。
『働く女子の運命 ((文春新書))』['15年]
社会進出における男女格差を示す「ジェンダーギャップ指数2015」では、日本は145か国中101位という低い数字であるとのこと。女性の「活用」は叫ばれて久しいのに、欧米社会に比べ日本の女性はなぜ「活躍」できないのか? 著者はその要因を、雇用システムの違いにあるとしています。
つまり、欧米社会は、企業の労働を職務(ジョブ)として切り出し、その職務を遂行する技能(スキル)に対して賃金を払う「ジョブ型社会」であるのに対し、日本社会は、企業は職務の束ではなく社員(メンバー)の束であり、数十年にわたって企業に忠誠心を持って働き続けられるかという「能力」と、どんな長時間労働でもどんな遠方への転勤でも喜んで受け入れられるかという「態度」が査定される「メンバーシップ型社会」であるため、結婚や育児の「リスク」がある女性は、重要な業務から外され続けてきたとしています。
本書では、こうした日本型雇用システムの形成、確立、変容の過程を歴史的にたどっています。会社にとって女子という身分はどのような位置づけであったのか(第1章)、日本独自の「生活給」思想や「知的熟練」論、「同一価値労働」論はどのように形成されたのか(第2章)、日本型の'男女平等'はどこにねじれがあったのか(第3章)、均等世代から育休世代へと移りゆく中でどのようなことが起きたのか(第4章)、それらをその時代の当事者の証言や資料をもとに丁寧に検証し、日本の女性が「活躍」できない理由が日本型雇用の歴史にあることを炙り出しています。
上野千鶴子氏が帯で'絶賛'しているのは、この'炙り出し'の絶妙さに対してではないでしょうか。法制度の成立過程などは、硬い話になりがちなところを、一般読者に向けて分かり易く噛み砕いて書かれており、個人的には、労働基準法の男女同一賃金や均等法の成立までの道程とその後の影響、海外では、ポジティブ・アクションの起こりなどが興味深く読めました。
そして著者は、過去20年間の規制緩和路線は、中核に位置する正社員に対する雇用保障の引き替えの職務・労働時間・勤務場所が無限定の労働義務には全く手をつけず、もっぱら周辺部の非正規労働者を拡大する方向で展開されてきたため、さらに今は、総合職女性はグローバル化の掛け声でますますハードワークを求められて仕事と家庭の両立に疲弊し、非正規女性は低処遇不安定雇用のまま、その仕事内容はかつての正社員並みの水準を求められるようになっているとしています。
日本型雇用を補助線にして女性労働を論じた本であり、前著『若者と労働』(中公新書ラクレ)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)に続く三部作の完結編とみれば、今回は女性労働を起点にして日本型雇用を論じたとも言えます。あとがきで著者が予め断っているように、女性の非正規労働者についてあまり触れられていないとの声もあるようですが、タイトルに「女性」ではなく「女子」という言葉を用いていることからも、単に男性労働者の対語としての「女性」労働者ということではなく、「中核に位置する正社員」に含まれていない「女子」という意味で、歴史的にも今日的にもそこに入り込めない(或いははじき出されてしまう)「女子」の問題に照準を当てた本と言えるのではないでしょうか。
最後に、働く女性にとってのマタニティという女性独自の難題をどういう解決方向に導いていけばよいのかということについて、海老原嗣生氏の、「中高年」社員の活用等に関して自らが提案している、日本型(メンバーシップ型)雇用に欧米型(ジョブ型)雇用を"接ぎ木"するハイブリッド型雇用(「入り口は日本型メンバーシップ型のままで、35歳くらいからジョブ型に着地させるという雇用モデル」)を、海老原氏自身がこの働く女性の問題に当て嵌め、「30代後半から40代前半で子供を生んでいいではないか」「結婚は35歳まで、出産は40歳までとひとまず常識をアップデートしてほしい」としていることに対し、著者は、高齢出産に「解」を求めているともとれるとして慎重な姿勢をみせています(ネットで本書の評を見ると海老原氏の考えに賛同する向きも見られた)。どう考えるかは人それぞれですが、個人的には、この考えにもっとはっきりダメ出ししても良かったのではないかと思いました。
かつて女性の初産年齢が早かった時代は、その後、第2子、第3子を生んで育てるゆとりがありました。海老原氏の考えには、例えば、子供を生むならば2人欲しい、でも今から2人生んで育てるのはたいへんだから、子供はあきらめよう(或いは1人にしておこう)という考え方をする人が実際に結構いることは、殆ど反映されていないように思えました(第1子が生めるかどうかしか念頭に置いていない。統計を読み取るプロのはずではなかったのか)。
海老原氏の考えに賛同する人でも、キャリアを築いてから35歳以上の高齢出産をするのか、子育てではなくキャリアを優先させるのかは女性個々の選択であり、社会が介入すべき事柄ではないとしていたりもします。女性の社会進出を推進するには、働きながら(しかも一定のポジショニングを維持しながら)子育てができる環境を整えることが第一優先で、今の医学では高齢になってからでも生むことができると説くのは本末転倒。本書への直接の評からは逸れますが(この本自体はお薦め)海老原氏、ちょっとおかしな方向に行っている気がしました。